相席大喜利 | |||
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お題 | |||
淫夢厨の間で、野獣先輩を消すという加工がタブー視されている理由 | |||
順位 | 得点 | 作品 | |
1 | 141 | 野獣先輩にとって、旅行はライフワークだった。繰り返す日常からの脱出というのは何ともありふれたテーマだが、彼は人々のもう一つ先を見つめていたんじゃないかと、今となっては思う。 「日々が、なんか足んねぇよなぁ?」 ことあるごとに、彼はそう呟いた。自分の意思で言ったというよりは、魂から漏れ出た言葉のように聞こえた――もっとも、自分が出たゲイビデオの台詞を引用しながら自嘲気味にはにかむ野獣先輩を見て、僕は苦笑を浮かべることしかできなかったのだが。 なんにせよ、野獣先輩は旅行が本当に大好きだった。一年遅れで商社に就職した彼は、生活費を限界まで切り詰めて、月に何度も、清流が残る山村やら、寂れた港町やら、名前も聞いたことのないアフリカの国やら、よく分からないところに行き続けていた。 僕は、旅行から帰ってきた彼が見せてくれる写真が大好きだった。その竹を割ったような性格から予想されるまさにその通りに、美麗な風景を写したその写真の隅には、彼の顔が大きく写っていた。自撮り棒もなかった時代に、デジカメで。さぞかし苦労したことだろう。特徴的な色黒の肌は、さわやかな背景とはちょっとばかりミスマッチのような気もするけれど、それを見るたびに僕は「ああ、やっぱり野獣先輩は野獣先輩だなあ」と思うのだった。 あるとき、僕は彼から旅行に誘われた。曰く、「お前、なんか……無人島行かないか」とのこと。あまりにも白々しいその口調に、僕は考える間もなく、満面の笑みで首を縦に振った。けれども、僕はまだ気付いていなかった。これから起こる惨劇に――そして、野獣先輩が抱える「脆さ」に。 無人島とはまた悪趣味だなと思ったが、思いのほか事はスムーズに進んだ。どうやら、有人だった時代の住居をコテージのように改装して貸し出しているらしい。船で島に向かい、一泊したらまた迎えに来てもらう、という行程だった。 島に着くと、野獣先輩は我先にと子供のように飛び出していって――波止場近くの砂浜に寝っ転がった。砂浜には、ビンやら謎の布やら、漂着物がたくさん流れついていたが、そういう細かいことを気にも留めない豪胆さこそが、野獣先輩という人の本質なのだ。僕たちは、遠く見えなくなるまで、帰ってゆく船を眺めていた。 「じゃ、行くか」野獣先輩は言った。僕たちはコテージに向かって歩き始めた。 「事件」が起きたのは、そのすぐ後だった。僕たちが泊まるはずの建物――その外見に、途轍もないデジャヴを感じる。 端的に言ってしまおう。その建物は、「野獣邸」のコピーだったのだ。 「おい……何だよ、これ」状況を理解したのか、野獣先輩も困惑の色を隠せないようだ。「と、とりあえず中入りましょうか」僕は促した。「まずい」――直感がそう告げた。 だが、状況は悪化した。部屋に入ると、机に置かれていたのは、まだ入れられて間もないアイスティーと――睡眠薬の空袋。 「ああっ……ああっっ!!!」野獣先輩が悶え始める。 そう、僕はずっと、気付かないふりをしていた。野獣先輩は、ある時を境に携帯を持たなくなった。一眼レフを携えて、病的なまでに旅行に傾倒していったのも――そして、「語録」を会話の節々に織り交ぜるようになったのも、その頃からだった。 そう、僕は分かっていた。野獣先輩は、「それ」を見てしまった。人間の集合的な悪意が一斉に彼の心臓を貫き――野獣先輩は、空っぽになってしまったのだ。旅行は、その埋め合わせでしかなかった。アイロニカルな諧謔で、自分を傷付けながらも自分を守っていたのだ。 野獣先輩は「弱かった」。僕が見ていたのは、彼の外側だけだった。そういえば最近は何か言っても訊き返されることが多くて、なんだか今にも消えてしまいそうで――。 「行かなきゃ……」野獣先輩は呟いた。彼の顔は、今や涙でぐちゃぐちゃだった。 「行くって、どこへ!?」 「そりゃあなあ、お前……」 その刹那、野獣先輩の表情が変わった。 「まずうちさぁ……」 「……!」僕は全てを悟った。 そう、野獣先輩は、「野獣先輩」になろうとしていたのだ。 僕は、それをただ見届けることしかできなかった。 「台本」通り、僕たちは幸せなキスをした。男を愛したことはなかったが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。 野獣先輩は光を放っている。 夏の暑さの中に、野獣先輩は静かに消えていった。 帰ってきた僕が彼の持ってきた写真を見ると、野獣先輩は消えていた。しかし、野獣先輩は生きている。今でも、人々の悪意の中に――だから、僕はそれを大事にしたい。 | |
2 | 128 | 少し高い場所から見られてる | |
3 | 117 | 優しい人ほど狂う | |
4 | 116 | 野獣先輩は赤い木 | |
投票して頂いた方 | |||
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